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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)583号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用及び認否は、左記のように付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

(控訴代理人の陳述)

(一)  原判決添付目録一記載の土地(以下、本件土地という。)は、控訴人が昭和二三年七月三日訴外高橋喜一から代金二五万円で買い受け、昭和二五年九月当時は金三七万五、〇〇〇円を超える価格を有していたものであるから、被控訴人主張のように、これを僅か金二万円で売り渡すがごときことはありえず、そのころ、控訴人が、訴外山田正雄の懇請により、同人が訴訟被告知人丸山義一から金二万円を弁済期三か月、利息月一割の約で借り受けるにあたり、これにつき山田の右債務の担保のため抵当権を設定することを承諾したにすぎない。このことは、その後山田が所在をくらましたため、丸山が、同年一〇月三一日と一一月三〇日の二回にわたり控訴人より利息として金二、〇〇〇円づつ取り立て、また、同年一二月ころ控訴人に対し残債務は山田の所在が判明するまでその支払いを猶予する旨を約諾した事実によつても明らかである。

(二)  仮りに、右抵当権の設定契約には、本件土地についての停止条件付代物弁済の特約が付されていたとしても、その被担保債権に前叙のごとき期限の猶予があり、山田の所在が依然として不明で期限が到来していないのであるから、丸山はもとより被控訴人が本件土地の所有権を有効に取得するいわれはない。

(三)  百歩をゆずり、被控訴人主張のごとく、本件土地は丸山が控訴人から買い受けたものであるとしても、該売買契約は、前叙のごとく三〇数万円にものぼる土地を僅か二万円で買い取ることを内容とするものであるから、控訴人の窮迫に乗じてなされた暴利行為であり、公序良俗に反して無効である。

(被控訴代理人の陳述)

控訴人の前記主張事実は、すべて否認する。

(あらたな証拠関係)(省略)

理由

本件土地が、もと控訴人の所有であつたこと、これにつき、昭和二五年一〇月一六日訴訟被告知人丸山義一のために、また昭和三七年一月二三日被控訴人のために、いずれも売買を原因とする所有権移転登記が経由されていることは、当事者間に争いがない。

控訴人は、右丸山の登記原因事実を否認し、右は、昭和二五年九月初めころ、訴外山田正雄が丸山から金二万円を弁済期三か月、利息月一割の約で借り受けるにあたり、山田の右債務を担保するため、控訴人が本件土地について抵当権を設定することを約諾し、その登記に必要な権利証、印鑑証明書、白紙委任状等を丸山に渡したところ、同人がこれらの書類を冒用して虚偽の申請をしたことによるものであると主張し、当審証人相原貞大、同小沢りんの各証言及び原審における控訴人本人尋問の結果には、これにそう旨の供述がある。しかし、これらの供述部分は、後掲各証拠に対比してにわかに措信しがたく、成立に争いのない乙第一、第二号証の記載によつては右事実を認めるには十分でない。かえつて、成立に争いのない甲第五号証、甲第六号証の一、二、原審並びに当審証人丸山義一の証言、前掲控訴人本人尋問の結果(ただし、右措信しない部分を除く。)及び本件口頭弁論の全趣旨を綜合すると、控訴人は、前示書類を丸山に渡してから間もなく、本件土地の固定資産税納付通知書がこないため、その所有名義が丸山に移されたことを知るにいたつたが、これに対しあえて丸山に故障の申立をしたり、債務の弁済供託等をすることなく、一一年余もの間そのままに放置し、昭和三七年四月二六日被控訴人から内容証明郵便で再度本件土地の明渡方を要求されるに及び、はじめて、本件土地が依然として自己の所有に属する旨を主張するにいたつたことを認めるのに十分である。したがつて、本件土地についてなされた前記登記の登記原因たる売買は、適法に行なわれたものと推認するのが相当であり、それが抵当権の設定であることを前提とする控訴人の主張は、すべて、採用のかぎりでない。

控訴人は、仮りに本件土地が丸山に売り渡されたものであるとしても、該売買契約は、控訴人の窮迫に乗じてなされた暴利行為であり、公序良俗に反して無効であると主張する。しかし、当審証人丸山義一の証言と弁論の全趣旨とをあわせれば、控訴人は昭和二三年ごろ訴外高橋喜一から本件土地を含む約一〇〇坪―三三〇平方メートルを代金総額五万円で買い受けたことを窺知するに足り、右認定に反する当審証人小沢りん、相原貞大の各証言は採用しがたいから、右買受後若干の値上りがあつたとしても、本件土地を代金二万円で売却したことが、その価格の点で必ずしもいちじるしく権衡を失するものとはいいえない。しかのみならず、売買における代金の額が目的物件の価格に比較して低廉でいちじるしく権衡を失する場合であつても、他に特段の事由が認められない以上、右の一事をもつて当該売買契約が公序良俗に反するものと即断することは許されないところ、本件にあらわれたいかなる証拠によつても、右売買契約が売主たる控訴人の軽卒、無経験、急迫な困窮などに乗じて約諾せしめられた等特段の事由を認めることができないので、控訴人の右主張も、採用するに由ないものである。また、右丸山と被控訴人との間に締結された本件土地の売買契約が通謀虚偽表示である旨の控訴人の主張も、これにそう当審証人相原貞大の証言は、単なる推測の域を出ないものであつて措信できず、他にこれを認めるに足る証拠がないので、とうてい排斥をまぬかれないものといわなければならない。そして、控訴人が本件土地の上に原判決添付目録二記載の建物を所有して右土地を占有していることは、当事者間に争いがない。

されば、控訴人に対し右建物を収去して本件土地の明渡しを求める被控訴人の請求は理由があり、これを認容した原判決は相当であつて、控訴人の本件控訴はこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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